博美ちゃんの時計

ボーン ボーン と廊下に時計の音が響きます。
博美ちゃんの家の玄関にある古い大きな時計の音です。

博美ちゃんのお爺さんが若い頃に買った外国製の時計だそうです。

ずいぶん昔の時計なので電池もコンセントを挿す必要もありませんが、毎朝、前の扉 を開けてネジを巻いて時間を合わせなければいけません。

そしてもう一つ、博美ちゃんだけの秘密があります。
この時計にはベルグという名前の妖精が住んでいるのです。

ベルグは時々時計から出てきては、博美ちゃんにいろんな話をしてくれます。

時計が作られたのは100年以上前のドイツ。
作った人はシュタインベルグという時計職人さんで、すべての部品を1つ1つ丹精こ めて作ったそうです。

そして、このすてきな時計に宿った魂が妖精ベルグです。
ベルグは痩せた黄色い体にひょろ長い手足と、取って付けたような尖った大きな耳。
そして背中にはカゲロウのように透き通った緑色の羽が生えています。
しかし長い間、時計の中に住んでいたためか、飛ぶことはできません。
ドイツの事や、船で海を渡った事など面白く話してくれました。


ある日の事です。
博美ちゃんが学校から帰るとお母さんが困った顔をして言いました。

「博美、おじいちゃんの時計、壊れちゃったの」
「えっ、修理できるんでしょう」
「それがね、何軒か時計屋さんに聞いてみたけど、修理できる所が見つからないの」 「もし、修理できてもかなりお金もかかりそうなのよ。困ったわ」

「お母さん、直らないなんて言わないでよ」
「そうね、博美のお気に入りだものね」

博美ちゃんは時計の扉を開けて中を覗き込みました。
ベルグが隅の方で膝を抱えて丸くなっています。
「大丈夫? きっと直してあげる。絶対見放さないからね」
そっとベルグに声をかけました。

「博美、何をぶつぶつ言ってるの?変な子ね」
お母さんが不思議そうな顔をしています。

「ううん、なんでも無い」博美はそう言いながら扉を静かに閉めました。

次の日、博美ちゃんは学校が終わってから、近所の時計屋さんを1件づつ訪ねてまわりました。
しかし、外国の古い時計です。
なかなか修理できる人を見つけられません。

夕方になって入った駅前の小さな時計屋の主人が、こんな話をしてくれました。

古い時計ばかりを集めて時計博物館を開いている人が近くの街にいると言うのです。

そこでは沢山の古い外国の時計が今でも正確に時を刻んでいて、12時になると街じゅうに時を知らせる音が響くというのです。

時計屋の主人が、その博物館の事を調べてくれると約束してくれたので、博美ちゃんは連絡先を告げて家に帰る事にしました。

(ピンポーン)翌日の夕方、博美ちゃんの家の玄関チャイムが鳴りました。

お母さんと博美ちゃんが玄関に行ってみると、一人のおじいさんが立っていました。
子供の様に目を輝かせてニコニコ笑っているその人は、駅前の時計屋さんが連絡してくれた時計博物館の人でした。

その人はまるで、おとぎ話のピノキオに出てくるゼペットじいさんの様だと博美ちゃんは思いました。 。

「ちょっと失礼しますよ」そう言って、おじいさんは時計の前に歩み寄ると、時計の扉を開けて中を覗き込みました。

暫くして顔を挙げると
「ベルグか、シュタインベルグさんの作品ですな。
いや〜実に素晴らしい時計だ」と嬉しそうにつぶやきました。

ベルグと聞いて、驚いて顔を見つめた博美ちゃんに向かって、
おじいさんは小さく頷いて見せると
「修理に少し時間がかかりますから、私の所に運んでも構いませんかな」 とお母さんに向かって言いました。

「ええ、しかし修理といっても費用が・・」そう言いかけたお母さんに 「修理代なんていただきませんよ。
古い時計を修理するのは私の趣味みたいなものですから」とニコニコしながら答えました。

時計が修理のために運ばれてから、一ヶ月ほど経ったある日、時計博物館のおじいさんから電話がありました。

「修理が終わりましたから、一度見に来ませんか」というのです。

次の日、平日なのでお父さんは仕事だし、お母さんも行けないというので、首を長くして待っていた博美ちゃんは、電車で1時間ほどの時計博物館まで一人で出かけていきました。

博物館ではおじいさんが、相変わらずニコニコ笑って博美ちゃんを待っていました。
時計の所に案内される時 「おじいさんにはベルグの姿が見えるの」と先日から気になっていた事を思い切って訪ねてみました。



おじいさんは答える代わりに
「さあこの部屋だ、ベルグもお待ちかねだよ」
と言いながらドアをあけました。

ドアの向こう側は展示室でした。
その隅に、ピカピカに磨かれた博美ちゃんの時計が置いてありました。
周りには大小様々な何十もの古い時計が正確に時を刻んでいます。

驚いたことに、その部屋のあちこちにベルグのような、しかし色も形も様々な妖精たちが飛び回っているではありませんか。

その中に雑じって、ベルグがいました。
しかも飛んでいるのです。

おじいさんは、驚いて目を丸くしている博美ちゃんに
「ここの時計には皆、妖精が住んでいるんだよ」
と後ろから話しかけました。

「なんでおじいさんには妖精が見えるの?大人には見えないのに」
博美ちゃんが振り向いて訪ねると、

「大人になっても、自分の見たものや感じたものを、素直にそのまま信じられる心を持っていれば見えるんだよ。君が大人になってもね」
おじいさんは嬉しそうに笑顔をうかべて答えました。

博美ちゃんは嬉しくて涙がこぼれそうになりました。

そのとき部屋の中をふわふわと飛びながらベルグが近づいて来ました。

「ベルグ、良かったね。飛べるようになったんだね。」
「おじいさんのおかげで、もう時間も狂わないし、僕もすっかり元気になったよ。」

少し迷いましたが、幸せそうなベルグを見て博美ちゃんは決心しました。

「おじいさん、ここに時計を、ベルグを置いてあげて。
そのほうが幸せそうだから。」

「博美ちゃんがそう言うなら構わないよ、でも時々時計たちに会いに来てくれるかい」

「もちろんよ。ベルグは私の親友だもん」
ベルグがフワッと博美ちゃんの肩に留まりました。

「そう、君は僕の親友さ、君が大人になってもずっとね」
嬉しそうな表情をうかべたベルグの黄色い顔が、ほんのりピンクに染まりました。

おじいさんは、そんな二人を見て何度も大きく頷いていました。



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