夢? 

耳元の音で目が覚めた。
そっと目を開くと右のほうに人の気配がする。
視線を向けると、白衣を着た女性がいた。
私の動きを感じたのか、その女性がこちらを振り向く。

「お目覚めですね、ご気分はいかがですか」
訳のわからない私が「ここは何処ですか・・・」とたずねかけた瞬間、記憶が戻ってきた。

意識的に左足に手を伸ばす。
事故の瞬間、左足と胸に強い痛みを感じたところでプツリと記憶が途絶えている。

最初に意識が戻った時、といっても今となってはそれが夢だったのか現実だったのか分からないのだが、男性の声で次のような事を話し掛けられた。

「今、あなたの意識に直接話し掛けています」
「私は人体バンクの滑川と申します」
「残念ながら、あなたは事故で左足と肺、および脾臓に致命的な損傷を受けました」
「私どもはその失われた臓器をご提供する準備が出来ており、貴方の正常な臓器を担保にしていただければ、費用をお支払いいただく必要はありません」
「ここにサインをいただければ結構です」
「ただし、将来あなたの生命活動が停止した場合には、身体は人体バンクに所有権が移ることになりますが」

というわけだ。
もちろんサインした。
それで死ななくて済むのだから。

「どれくらい意識を失っていたのでしょうか」
「そうですね8時間ぐらいかしら」
「それにしても、あんな事故に遭ってカスリ傷一つ無かったのですからホント、奇跡ですよ」

彼女の言葉で、私は妙な夢を見ていたのだと気が付いた。
検査の結果、何処にも異常は見つからず、その日のうちに退院することになった。
帰り際、20分ほどの自宅まで歩いて帰ったときに左の足に靴ずれを作ってしまった。

あれから2年が経とうとしている。
最近この街も物騒になってきた。
つい先日も、帰宅中の会社員がバットで襲われ、財布を奪われる事件がおきたばかりだ。

そんな事件に不安を感じながら帰宅中、近所の公園に差し掛かった時だ。
背後からの足音に気付いた瞬間、後頭部に強い衝撃を感じた。
続けざまに側頭部にも。

気付くと、滑川と名乗る例の男があの時のように話し掛けてきた。
「大変残念なことですが、あなたは脳に修復不可能な損傷を受けました」
「脳は貴方が貴方であるための証ですので移植は不可能です」
「まもなく生命活動が停止しますが、ご心配ありません。あなたの身体は有効に活用させていただきます」
「21世紀の人体は貴重なのです」

薄れてゆく意識の中でそんな言葉を聞いた。
いや、そんなような気がした。

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